長崎ーー平和と祈りの湾岸都市 Nagasaki
亀山社中記念館ーーCompany
長崎はこれまで紹介してきたように多くのドラマが
あふれる歴史のある町です。
キリシタン関連、外国人居留地、軍艦島など世界遺
産に登録されている観光地がたくさんあります。
そして激動の明治維新の渦中に巻き込まれた町でもあります。
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坂本龍馬とトーマス・グラバー。
この2人が出会ったときから新しい時代への胎動が
始まりましたーー
支援や取引を行い組織を通し懇意にしていた
”坂本龍馬”その龍馬を社長に据え、同じ志を持つ
若者が集い商業的に活躍した海援隊の前身。
龍馬ファンにとっての聖地ーー亀山社中
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60分100円のパーキングに車を置きます。
大体この辺の料金の相場はどこもあまり変わり
ありません。
目標は亀山社中記念館、若宮稲荷神社、風頭公園
と龍馬尽くしのコースを1時間で周り切ること。
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閑静な住宅街から案内板にしたがって細い路地
を通っていくと龍馬通りに着きます。
210mの坂道や階段が続きます。亀山社中ゆかりの
人物の紹介しているパネルが立っているため一つ
一つ説明を読みながら歩いていけばあっという間です。
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近藤長次郎
龍馬が信頼を置く人物ですが、抜け駆けしたために
龍馬の留守中に仲間から追求され隊則に則り
十文字切りで切腹して果てました。
子供の頃から秀才で社中では外交を任されていました。
ーー明治の時代まで生きていたら三菱は近藤長次郎
が起こしたのかもしれないと言われるくらい
優秀な人物です
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陸奥宗光
維新後、政府に入ったが、新政府を信用しきらず
中立の立場を取り、戊辰戦争時には交渉力だけで
アメリカと渡り合ったり、幕臣の榎本武揚を降伏
させて「カミソリ大臣」と呼ばれていました。
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亀山という地名の由来は幕末の名陶、亀山焼の窯
がこの地にあり、その亀山関連の家屋を借り受けて
結社をおこしました。
ご所有者のご厚意により亀山社中の遺構として公開
されています。
部屋の内訳は10畳・8畳・3畳の部屋と土間に
分けられています。
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![](https://yashizaru.com/wp-content/uploads/2020/03/DSC02949-362eb.jpg)
2部屋程度の展示しかありませんが幕末当時
そのままに復元した空間。実際に龍馬さんがいたと
いう場所の雰囲気を味わおうと意味もなく胡坐を
かいて腕組みしたりしてしまいました(笑)
Column
「亀山社中」
1865年(慶応元年)坂本竜馬が脱藩を許され
長崎で結成した貿易結社。海援隊の前身となった。
◆交易の仲介や運輸業、銃器の斡旋の他海軍
・航海術の習得に務める
◆龍馬らが最初に拠点を構えた地”亀山”と仲間
・結社を意味する”社中”をあわせてそう呼ばれる
◆最大の業績ーー1866年(慶応2年)長州藩の
ために薩摩藩名義でグラバー商会から新式
武器や蒸気船ユニオン号(桜島丸・乙丑丸)
を購入。ーー薩長同盟、密約の契機になった
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坂本龍馬立像は、名誉館長の武田鉄矢氏の寄贈
です。
武田鉄矢といえば「龍馬伝」で勝海舟を熱演した
ことで知られています。若いころ組んでいた
海援隊というバンド名も元はここからきています。
この龍馬の立ち姿の肖像画が日露戦争の際に明治
天皇の夢枕に立って日本の必勝を予言したといわ
れています。
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坂本家の家紋が入った黒地羽二重の紋服からは
身長170cmと推定され、当時でも大柄の龍馬の
背丈が見てとれます。
ブーツは現存しないため、写真や資料を参考に
復元製作されたものです。
ーー現在でも通じるようなデザインで欲しく
なります
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高杉晋作から譲り受けたピストルや時代を先取り
したブーツから新しもの好きな龍馬の性格がよく
表れています。
京都河原町の近江屋で暗殺されたときも懐に
ピストルを忍ばしていましたが、使うことなく
凶刃に倒れました。
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兄から譲られた愛用の”陸奥守吉行”
刺客に襲われたときにも帯刀していて鞘のまま
攻撃を受け止めたとされています。
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土佐藩と提携し、海援隊となった亀山社中。
貴重な海援隊の記録は写真撮影禁止ですが沈没した
いろは丸事件の概要や活動記録から海援隊を辿れます。
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ー龍馬のぶーつ像ー
長身のため、有名な写真を見るとおりブーツ姿が
よく似合います。
草履しか履けなかった下級武士の反動か日本で
最初にブーツを履いたといわれています。
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これがーー龍馬さんの歩いた道、仲間達とここから
日本の夜明けを見据えていたのかとしばし風景を
眺めながら、感慨深くなりました。
ぶーつに足を入れて舵を握ったら誰でも龍馬気分です♪
住所:長崎県長崎市伊良林2-7-24
TELL:095-823-3400
開館時間:9時00分~17時00分
休館日:12月29日~31日
入館料:一般¥300 高校生¥100 小・中学生¥150
寄り道ーーYORIMICHI
A little detour
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ー亀山社中資料展示場ー
閉館中のため入れませんでしたが土日は無料で見学
できるため、記念館と同時に訪れたいです。
龍馬グッズや関連写真や絵が飾られています。
さらに「亀山社中ば活かす会」の地元住民がボラン
ティアで案内してくれるので龍馬ファン・歴史
ファンでなくとも気軽に立ち寄りましょう。
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寺町通りから亀山社中跡を経て風頭公園に至る坂道
は「龍馬通り」と呼ばれ、長崎市の歴史探訪路と
なっています。
見学者用駐車場も完備されているため、ここを起点
にして亀山社中記念館や風頭公園を訪れるといい
かもしれません。
若宮稲荷神社ーーShrine
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鎌倉幕府打倒に貢献した南北朝の武将・楠木正成を
守護神として祀ったことにちなみ、幕末に長崎に
訪れた志士たちが多く参拝しに来ました。
そのことから若宮稲荷神社は「勤皇稲荷」とも
呼ばれており、亀山社中のメンバーも訪れていたそうです。
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龍馬も正成を崇拝していたらしく正成の最後の地で
ある神戸湊川では「月と日の むかしをしのぶみな
と川 流れて清き 菊の下水」という歌を詠んでい
ます。
有名なブーツを履いた写真には正成の刀を模して
作らせたと言われる脇差を腰に差した姿で撮っています。
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絵馬はもちろん龍馬さん。
神社用とお土産用と2つ買ってもいいかもしれません。
風頭公園ーーPark
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ここまで険しい坂や階段を登ってきたということは
大の龍馬ファンであることだと思います。
もう少しです。帰りのことは考えないようにして
風頭公園(かざがしら)展望台まで頑張りましょう!
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風頭公園内に鎮座する高さ4.7mの龍馬像。
ブーツ姿で腕組している力強い姿からは日本を本気
で洗濯しようとした男の覚悟を感じます。
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長崎港を眼下にハタ揚げ(凧揚げ)の地として地元民
に親しまれています。
長崎市在住の彫刻家・山崎和國氏によって制作され
平成元年5月21日建立されました。
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公園名の通り、高台にあるため風の流れが気持ち
良いです。
しかし、せっかくの絶景が周りの木々によって台無
しになっている感が残念でなりません。
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展望台には「竜馬がゆく」の文学碑。
幕末の動乱を駆け抜けた司馬遼太郎の名作です。
刻まれている言葉は”やがては日本回天の足場になる”
名言です。
駐車場まで戻って58分。
最後は走ってギリギリセーフでした!
総括ーーSummary
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坂本龍馬とグラバー。違う場所で生まれ、別々の
人生を歩んできたこの2人の共通点はいくつかあります。
共に長身。1836年と1838年生まれ。
商才に秀でている。藩士と交流を深め、多くの者に
慕われてきた。
どちらも愛妻家で、女性の意見もよく聞くフェミニ
スト。日本で初めて新婚旅行をしたり、最後まで
連れ添ったりと夫婦仲はとてもよかったそうです。
2人とも海を渡って新しいことに挑戦。
様々な地で自由に冒険してしてきました。
日本人の銅像として一番多いのが、坂本龍馬の像。
全国各地に銅像が建っていて観光スポットに
なっています。
龍馬好きとしては全国に散らばる全ての銅像を制覇
してみたいですね!
(次回)ーー地獄と極楽は紙一重